にわとり先生日記

広い世界を見るのだ。

生命より部活動は大事か?

スポニチアネックス 2021年04月15日

「まさか2年続けて高校生の全国大会を中止になんてしないよね?」

www.sponichi.co.jp

 

"今年1月、1都3県に再び緊急事態宣言が発出された際、「緊急事態宣言下でもたくさんの敗者が悔し涙を流せるように」というコラムを書いた。昨年、インターハイや甲子園などほとんどの全国大会、その予選を中止にされた子どもに2年続けて我慢を強いてはいけないという内容に、ある高校2年生(現3年生)から意見を貰った。

 小さいときから高校野球が大好きで、甲子園のアルプススタンドから応援することを夢見て吹奏楽部に入ったという彼女は、「『甲子園での応援』という夢を叶えるには、あと2回しかチャンスがありません」と訴えた。そして、4月となり、そのチャンスはもう1回しかない。

 再び新型コロナウイルスの感染拡大が起きている。すでに大阪府では部活動の自粛やオンライン授業活用を要請した。待て、この流れは昨年と同じではないか。ということは今年も高校生から「夢」を奪うことになるのか。1回しか残されていないチャンスも消滅してしまうのか。"

 

緊急事態宣言下で、代替大会を行って、確かに大きなクラスターは出なかった。

でもな、それはたくさんの人たちの努力と感染防止に対する尋常ではないルール作りがあってこそだ。

ましてや今回のコロナの舞台は、関西地区だ。

 

学校の中からも外からも、様々な声がある中で

「生徒のために」

という言葉が誤用・乱用されている気がする。

 

特に学校の中の人たちよ。

 

「子供たちの生命と、部活/学校行事。

 どっちが大事だ?」

 

そこはきちんと線引きをしなければならない。

様々な二者択一をする上の基準として。

 

コロナ禍の昨年度、ある大学の総合型選抜(旧AO入試)でこんな事前提出課題が出されていたのでご紹介したい。

 

タイトル「高校生大会中止から考える部活動の意義」

 "今年、新型コロナウイルス感染症の感染拡大を受けて、高校生の参加するさまざまなスポーツイベント(競技会・ 大会等)が中止になりました。その際、中止に賛成する意見と反対する意見がともにあがっていました。
 そこで、「中止に賛成する意見・反対する意見が、それぞれどのような主張をしていたか?」について調べ、自分の意見を加えてまとめなさい。そして、その上で、「高等学校の教育活動の一環としての部活動の在り方・意義」について、各自の考えを述べなさい。
 字数は、1000〜1200字とする。"

大東文化大学・2021年度 スポーツ科学科 総合型選抜(自己推薦入試 後期)課題論文問題)

 

争点は「高等学校の教育活動の一環としての部活動の在り方・意義」である。

指導者として、コロナ感染、クラスター発生などのリスクを越えて、子供たちに何をもたらせるか、という観点である。

(多分書きやすいのは「生命を優先して大会を中止すべきだ」なんだけれども、それじゃあ受からないんだよなと問いを見て思う。)

 

この問いに、「熱意」とか「最後の大会」とか、そういう形にならないものを武器に戦えるだろうか。

もっと言えば、精神論とかお気持ちだけを武器に受かるだろうか。

相手はスポーツ「科学」部なのだから、それなりの根拠と将来性、そして1番大事なことは「プレイヤー」としてではなく「コーチング」の視点から解答をしなければならない。

 

うさぎ飛びで身体壊して精神鍛錬する時代では無い。

少しだけ横道に逸れれば、昨今の教員採用試験の倍率低下の理由の一つは部活動のあり方とも述べている人たちがいる。

 

このコロナ禍、色々なものの見直しの中で、間違いなく部活動はそれに当てはまる。

今を逃せば、恐らくあとはないのである。